ー小野原本店さんのことを教えてください。
小野原本店は1859年(安政6年)創業で、からすみを主に製造販売しています。からすみはボラの卵を塩漬けした後天日干ししたもので、江戸時代からの長崎の名産品です。

地理的表示保護制度(GIマーク)に登録されている。
ー創業から約160年!歴史ある老舗ですね。
老舗と知っていただいているのは嬉しいです。
私が160年のことを全て把握しているわけではありませんが(笑)、
ずっと同じことをしてきたからではなく、少しずつ変わってきたから生き残れたのは確かです。

創業100年以上の企業のみで構成される「長崎しにせ会」という団体もある。
ーどのように変わってきたのですか?
お客さまのニーズに合わせて商品を変えていきました。味でいえば、昔よりも塩分控えめになりました。また、からすみをそのままおつまみとして食べてもらうだけでなく、調理の材料として使ってもらえるようにレシピを配布したり、パスタオイルやちりめんなどの加工品にして手に取りやすくしています。


ー小野原本店の変わらないことはなんですか?
当店の本質は、からすみの製造業であることです。作る技術があり、商店街の中に店舗があることで、小売業として伝統的なからすみや、パスタオイルの様な売り方になり、加工品も生まれてきました。
いつの時代も自分たちの作った商品を美味しいと思ってもらえる事が大事だと思っています。
ずっと「どうしたらからすみを食べていいただけるか」を考えて工夫を続け、少しずつ変化して、今の小売店というかたちになっています。
もしかしたら最終的に行き着くのは飲食店かもしれません。その時々で一番いい方法を考えたいです。
ー長崎市で商いをするメリットを教えてください。
「長崎」という言葉の響きに、強いポジティブなイメージがあることです。長崎市のイメージは、市民が思っているよりもずっといいんです。長崎市から、長崎市内で作られたものをお届けすることそのものに、価値があると思います。
私たちも、市外のお客さまにも来店し購入してもらえるように、商品やサービスのブラッシュアップを図っていきたいと考えています。
大きな変化も、小さな変化も楽しむ。
ー100年に一度のまちの変革でどんな変化がありましたか。
市民としては、長崎スタジアムシティや駅周辺の広場など、公園のようにくつろげる場所が新たにできて嬉しく思っています。
仕事ではまだ大きな変化は感じていませんが、新幹線の効果で一時的に観光客のかたが増えた時もあります。長崎駅前の長崎街道かもめ市場のお土産店に商品を置いてもらっているのですが、出島メッセ長崎で開催される学会のお客さまによく売れているようです。

また、大きな変化だけでなく、小さい変化にも注目したいと思います。
例えば、浜町の周辺には、魅力的な個人商店が増えてきています。また、若い人が、繁華街から少し離れた家賃が手頃な場所でお店を始めたりしています。
海外のまちには、旧市街地と呼ばれる少しレトロなエリアがあり、まちの雰囲気をに合った個人のお店があったりします。
江戸町周辺は、素敵な個人のお店が集まって長崎らしい雰囲気が醸し出されていると思います。
大きい企業だけでなく、市内各地の商店がそれぞれ頑張ることで、結果的にまちににぎわいが生まれるのではないかと思っています。
私個人としては、小さな変化も楽しみながら、長崎市の商いを応援していきたいです。みんなで応援する仕組みもできるといいですね。
唯一無二のものを大切に事業を続けたい
ーこれまでも、これからも変わらない長崎市の魅力はなんだと思いますか。
眼鏡橋や出島など、生活空間に歴史や文化財があることです。

実は、当店の建築も国の登録有形文化財です。
ちょうどコロナ禍で大変だった頃に改修の必要が出ました。文化財なので「自分たちの店だから」と都合よく手を入れることはできないことや、素材が特殊で多額の費用がかかることに頭を悩ませましたが、国の補助金を利用することができ、なんとか改修を終えました。
いつかはしないといけないことだったので、ほっとしています。
正直なところ、商店として使うには不便もありますし、気も使いますが、それでも私たちが古い店舗を守って商売をしているのは、歴史のある唯一無二のものを使っていきたいという思いがあるからです。

ー長崎くんちをはじめ、地域の行事に関わることも多いと思います。行事やイベントを通して生まれる人の繋がりや輪について教えてください。
長崎市は、昔ながらのお祭りや行事が多いまちなので、地域やまちの結びつきが強い面があると思います。学校では被ることのない年の差でも、行事などで定期的に顔を合わせたりすることで繋がりを持つ事ができますし、長崎くんちのような大きなお祭りに出ているというだけで、初めて会う人でもつながりやすいと思います。
昔から続いている行事を通して、町と町、人と人などたくさんの繋がりを生み出していると思います。

また、市内で開催される多くのイベントは、市外からのお金が得られるだけでなく、地域でお金を回すことができるという経済的なメリットもあると思います。
おくんちでは、衣装や、振る舞い酒、個人やまちに贈られるお祝いの品などの多くが、市内で購入されます。
以前ほどではなくても、「◯◯さんの店やけん、使わんば!」と応援する気持ちや、まちを自分たちで盛り上げていこうという意識はあると思います。
事業承継や家賃補助で若者にもチャンスを。
ーまちに感じる課題はありますか?
人口減少で、労働生産性人口も恐らく減っているので、使うお金の額が減っている気がします。
長崎市はこの立地がゆえの独立性を保っていた部分があるので、ただ都会をまねるのではなく、長崎市に古くからあるものも大切にしていきたいです。
ー商店街が抱える課題はどんなものですか?
やはり、閉店です。世代交代する人がいなくて閉まることが多いのが、とてもさみしいですね。
商店街は、長崎駅や浦上駅周辺に新しい施設ができたこともあり、頑張りどきを迎えていると思います。「商店街ににぎわいを」とひとくくりに語られることも多いですが、実際はお店は個人経営ですので、まずは個々の店舗が頑張ること、楽しむことだと思います。

ー商店街に必要だと思う支援はありますか?
事業承継や、空き店舗の活用が進む支援があればいいなと思います。
空き店舗側は、固定資産税が高い、職住一体(※)になっており工事が必要などの事情があります。一方、若い人で物件を借りたい人には、商店街などの良い立地では家賃が高めだと思いますので、それがネックになります。
両者を支援できる仕組みがあるといいですね。
若い人がお店をやれば、これまで商店街にこなかったような人がやってくることも、商店街の価値になると思っています。
私自身はそこに期待していますし、もし商店街の空き店舗で商売をしてみたいという若い人がいたら、応援したいと思います。
※職住一体…家と仕事場(店舗等)を兼用している状態
公私共に、気軽につながれるまち。
ー新しく長崎市で商いを始める人が、繋がりをつくりたい時はどうしたらいいですか?
たくさんの人とつながりを持つことです。長崎市が地元とはいえ、Uターンしてきた時は新しい知り合いはほぼできませんでした。ですが、いろんな業種の社会人が集まる有志の団体に入ったことで、友だちや知り合いが増えました。商いのためにというよりは、なんだか楽しそうだから入ってみたという感じです。そこから商いに結びつくことはあるかもしれません。
青年会議所や商工会議所青年部なども人とのつながりをつくる手段の一つだと思います。
あとは、商いとは関係ないですが、行きつけの飲食店やバーをつくったりすると、常連同士で仲良くなったり、お店の人が気が合いそうな人を紹介してくれたりして、そこからさらに繋がりが広がったり、仕事になることもあります。

長崎くんちにも一緒に参加している幼馴染による作品。
ーつながりを活かした取り組みはありますか?
知り合いの店や、行きつけのお店で、からすみを使ったメニューを期間限定で一斉に提供するイベントをしました。当店の従来のお客様にも楽しんでもらいましたし、新しくからすみを知っていただける良い機会となりました。


やってみたい!と思える仕事が長崎市に増えてほしい
ーもっと魅力的なまちになるために必要だと思うものはなんですか。
まずは、やりたいと思える仕事が増えることが必要だと思います。
例え遊び場がいろいろあったとしても、このまちで暮らすための仕事につくことが第一です。魅力的な「やってみたい」と思える仕事がないと、そこに住もうということにはならないと思うので、仕事がもっと増えて、多様化すればいいなと思っています。
長崎市で新たな商いや仕事にチャレンジする人を応援する人の輪がもっと広がっていくといいですね。特別なことをするというよりは、長崎市民で「買い支えていく」ような気持ちで。個人的には新しいチャレンジを応援したいと思います。
ービジネスの場として長崎市に期待することを教えてください。
歴史を紐解くと、へき地だからこそ開かれたという歴史があります。都市部からの距離や土地の狭さなど、不利な要素はありますが、「長崎市」という名前の存在感はあるので、地名のブランドを活かして、観光客や、市外・県外の人にアピールすることができると思います。
そのためにも、先人が残した「長崎ブランド」を守って磨いていきたいと思っています。
(終)
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